社会福祉法人青い鳥は、幼児期から成年まで障害児・者のライフステージに沿った丁寧な支援を行っていきます

青い鳥について

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法人設立、50周年を迎えた「社会福祉法人 青い鳥」

青い鳥法人外観昭和41(1966)年、サリドマイド児の親の団体である「財団法人 子どもたちの未来をひらく父母の会」からの寄付金を元に設立された「神奈川県児童医療福祉財団」から「社会福祉法人 青い鳥」の歩みは始まりました。

法人設立から50年が経ち、多くの方々のご協力のもとで今日に至っています。

はじまりは、サリドマイド児の親の想い

法人の前身「財団法人 子どもたちの未来をひらく父母の会」の創立者でもある故飯田 進は、サリドマイドの子どもを持つ親の一人でした。

飯田は、我が子と同じように障害を持つ子どもとその親に会うことで、悩みや苦悩を分かち合いました。そして、不幸な子どもたちが現代医学の恩恵を十二分にかつ平等に受けられる社会環境を作り出す必要性、障害を持つ子どもの親に対して相談支援を行う必要性を強く感じておりました。

法人設立に向けた「青い鳥マッチ運動」

青い鳥マッチ運動
昭和39(1964)年、学生が中心となり「寄付金を募って障害を持つ子どものための病院を作ろう」という、全国キャラバン運動が起こりました。フィンランドで寄付金付きのマッチがあることを知り、それにならって日本でもマッチを売って寄付金を集める「青い鳥マッチ運動」です。

やなせたかしさん、馬場のぼるさん、山下清さんなど著名な作家を含む80数名の画家の方々から400点もの絵画を集め、これがマッチの絵となりました。

障害を抱えた子どもと、その家族のための施設の誕生

青い鳥マッチ運動は全国規模となり大きな反響を得ましたが、マッチの寄付金だけでは病院建設には至りませんでした。

ただ、広報宣伝には大きく貢献し、紆余曲折を経て「神奈川県立こども医療センター」「青い鳥愛児園」「小児療育相談センター」が生まれました。

サリドマイド児だった方々の今

かつてサリドマイド児だった方々は今ではすっかり大人となり、多くの苦労を乗り越えたくましく人生を歩んでいます。

およそ50年ぶりに、飯田のもとをサリドマイド児だった方々が訪ねられた時の話しです。彼らが幼い頃、父母の会主催で冬はスキー、夏はキャンプや海とあちこちつれていってもらい、その思い出話で盛りあがり、

「障害をもって生まれたけれど、たくさんの人と出会えて私は幸せです。決して後悔してません。たくさんの思い出をくれてありがとう。」

という彼らの言葉に、飯田は嬉しくて嬉しくて泣いてしまいました。

新たな理念「道なきところに道を」

飯田を始めとしたサリドマイド児の親たちの想いが、障害を持つ多くの子どもとその家族の人生に貢献し、それが法人として50年の歩みにもなっております。

平成28(2016)年10月、飯田 進は亡くなりましたが、彼の意思は私達に引き継がれ、次の50年、100年へと繋がっていきます。

現在「社会福祉法人 青い鳥」は、神奈川県内各所に障害を持った子どもとその家族に対して診療・療育・支援を行う施設とその他関連機関を運営しており、そこに関わる人も多く存在します。

「道なきところに道を」という新たな理念を掲げて、障害を持った子どもとその家族が進むべき明るい道を、法人に関わる皆が一丸となり共に歩んでいければなと、決意を新たにしております。

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